塩の思い出

アフリカのお話
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昔、昔、コンゴ民の奥地の村で働いていた頃の話

月に一回、ハンセン病患者さんたちが、マキを頭に乗せて修道院にくる

シスターと私は、コーヒーカップ一杯の塩とハンセン病の薬を配る

彼らは、塩をバナナの葉っぱなどで包んでいた

ビンは貴重品だったし、まだレジ袋は普及していなかった

マキと塩の物々交換である

修道院ではマキで料理をする

ハンセン病患者さんたちは、貧しい人々であった

彼らにとって塩は貴重品であった

毎月、シスターが、200キロほど離れた街に塩の買い出しに行った

塩は、岩塩で氷砂糖のようだった

塩の保存は難しく、湿気が多い季節には、塩は溶けだした

中央アフリカ共和国の首都バンギ

沿道にテーブルを出して、塩を売っている

透明のビニールに包んだ塩の包みが並んでいる

「売れますか」

「少し」青年は退屈そうに答えた

HIVの啓発教育で、アカ族(ピグミー)の地域へ出かける

お土産は、決まって「塩」であった

20キロの塩の袋を責任者に渡すのが、私たちの挨拶のしるしであった

彼らは、歌で私たちを歓迎してくれた

塩には、たくさんの思い出がある

***

アフリカ友の会サポーター

AVEC AFRIQUE

オンラインショップの運営やnote配信などアフリカ友の会広報を行なっています。

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